プロレスというジャンルは「スポーツにも格闘技にもエンタメにも受け取れる幅の広さと良い意味での曖昧さ」が重要である、ということは過去の記事で描いたことですが書いたのですが、かっこよさや派手さ、痛みや受け身など、あらゆる面から感嘆できるプロレスの技において、一番曖昧なもの、もっと言えば不思議な技、ってなんなのでしょうか。
私が思う正解、それは「毒霧」です。
そして、他の格闘技やスポーツでは絶対に出てこない、プロレスでしか使われない技として、ある意味プロレスの象徴とも呼べる技です。
毒霧って、技?と言われれば、フィニッシュへとつながる攻撃なので、反則とはいえ技に含まれるのではないでしょうか。
という拡大解釈をしたところで、今回は「毒霧ってどんな効果があるの?」というお話です。

40年以上続く毒霧の歴史
毒霧。毒の霧。江戸川乱歩や寺山修司の妖艶な世界観でしか見られないような言葉。
それは1980年代に海外遠征で習得したザ・グレート・カブキ選手により日本中のプロレスファンの中で一気に認知されました。
その後、海外と日本でグレート・ムタ選手によりさらに強烈な攻撃と効果のある技になり、その後もTAJIRI選手、ASUKA選手が試合のクライマックスや、対戦相手とのセグメントなどで使用して、代々受け継がれる歴史のあるものになっています。
この流れを見てお判りの通り、毒霧って海外で大ヒットするんですよね。日本人選手は毒霧を使うよねえ、というイメージ。日本人は国民全員、老若男女問わず、毒霧を吹く人たちとでも思っているのでしょうか。
国内でも試合により毒霧を使う選手がいますが、イメージとしてはまだ上記の選手並みのインパクトはありません。
個人的には、BUSHI選手が吐くものはほぼ黒いミストなので、毒霧というより「目くらまし」に近い印象です。
また、バラモン兄弟のそれは、毒霧ではなく「噴射」です。水か墨汁がほとんどですし、毒じゃなさそうなので。

毒霧って何なの?
ところで、そんな毒霧の成分って何なの?どうやって仕込んでるの?吐き出すのはどうやってるの?…と感じてしまうのも無理はありません。プロレスの中でもさらに不思議な技、なんですから。
ただ、これを考えたり探ったりして答えを見つけることは野暮な行為です!
「相手に勝ちたいから、毒霧を吹く」「相手を弱らせたいから、毒霧を吐く」。毒霧とは、毒の霧。それだけです。
実際に効くのか痛いのか、と思う方は想像してみてください。「人の口から噴射される変な色で臭い液体か何か」が自分の顔面に付着するんですよ。それだけでも精神的なダメージは相当ですよね。初対面の人に毒霧にされたら当然怒りますが、その前にまず「タ、タオル!水!」と洗面所直行しますよね。
毒霧って精神まで削ってくる恐ろしい技なのです。

毒霧の大ピンチと復活
単なる反則行為を超えて、選手のメンタルまで染色し、観客の脳裏にも強烈なインパクトを染み込ませる非日常の中のさらに非日常。
そんな毒霧にも一度、大ピンチが訪れました。
2020年に起こった、新型コロナ感染を防ぐための「飛沫対策」がそれです。
毒霧だけでなく、選手が液体を口から噴射する光景はピタッとなくなってしまいました。
もしコロナ禍が終息していつものプロレスが戻ってきたとしても、口から毒を吹くなんて行為は社会影響やコンプライアンスが強過ぎて、今後は毒霧という文化が見られなくなってしまうのだろうな…。こうやってプロレスらしさがひとつひとつ淘汰されていくんだな…。これまでありがとう、毒霧。という、仕方ないながらも来てほしくはない現実になることを恐れていました。
ところが。コロナの規制も解除され、プロレスの会場やリング上での試合がいつもの非日常に戻ってきたとき、毒霧もいつの間にか復活していたではないですか!しかも、大々的にというより、しれっと。気付いたら毒霧吹いてた、みたいな。
顔面を緑色に染めてのたうち回っている選手と毒霧を噴射した選手、という非日常のさらに非日常の光景が戻ってきたとき、私は心の底から「コロナが、終わった!」と歓喜したのです。

非日常の奥の非日常が毒霧
このように、毒霧は時代を移す鏡でもあるのです。現代社会の状況は、毒霧という薄っすらもやがかかった向こう側に見えてくるもの、なんですね。
今回のまとめ。
一瞬で世界観を塗り替える毒霧は
時代の変化に左右されない
非日常の象徴

混沌とした状況を一気に無効化し自分の色に染め上げる、それができるのが毒霧です。
実生活で感じる怒りや理不尽な仕打ちなど身の回りで何か起きたら、あなた色の毒霧を思いっきり相手に噴射してみたら、何かが大きく変わるかもしれませんよ。あ、もちろん、心の中で。
では、またここで。

