まずは前回記事の文末で挙げた「週刊プロレス 5月20日発売号の表紙」について。
1週間前には下のスクショのように書いたのですが、プロレスの未来ってものは難しいもんで、週プロの次号表紙予想すら当たりませんでした…。
まさか、NARAKU(EVIL)&イヨ・スカイ両選手の結婚会見が突然発表されるだなんて。
表紙がそのスーパースター夫婦になるなんて。
先週号で予告されていた全日本プロレス特集やチャンピオンカーニバルのレポートはもちろん掲載されていましたが、今週号の表紙もかなり反響を呼んでいます。これに関しては前回触れているので、いい意味での「それがお前(編集長)のやり方か」という言葉だけにとどめておきます。
今回は驚きの結婚発表を通じて考えた「愛とプロレス」についてのお話です。

愛にあふれた2026年のプロレス界
思い返せば、年明け早々の1.4。愛を叫び続けた棚橋弘至社長の引退試合があり、その数週間後に鷹木信悟&なつぽい両選手のプロレスラー同士の結婚発表。3月は東京女子両国大会ではKONOSUKE TAKESHITA&坂崎ユカの夫婦タッグが実現し、長年独身キャラだった真壁刀義選手も一般女性との結婚を報告。つい最近だと、独身女性が“真実の愛”を見つける恋愛リアリティ番組「バチェロレッテ4」への安齊勇馬選手の出演とその反響や好感度の上昇。そしてNARAKU&イヨという超大物夫婦の誕生。
そうなんです。2026年のプロレス界は「愛」の話題で溢れているのです。
ここでいう「愛」は、プロレスへ向ける情熱という「プロレス愛」ではなく、「愛情」「恋愛」という「男女の愛」です。愛の象徴が最後の「愛してま~す!」を届け終えたら、あらゆる方面で愛の花が咲いた状態です。
さて。プロレスラー、そしてプロレスというジャンルに今回の意味での「愛」はどれくらい必要なのでしょうか。どんな関係性で、これから先に「愛」が表現のひとつになるのでしょうか。

良いスパイスとしての結婚発表
現役の選手が結婚を公表することは、今の時代はなおさらですが良いことだと思います。
プライベートを出す隠すは選手それぞれの自由ですが、現代であれば既婚や夫婦でプロレスラーというのは充分な個性になります。
もちろんそれをリング上に持ち込むか、アクセント程度にとどめるか、発表後は一切触れないか、それは選手のキャラや判断もあるので自由ですが、それに関しての野次が会場で飛んだり、プロレスの視点が変わったりは今の時代はほとんどないのではないでしょうか。
その反面、SNSという「選手に直接野次を投げつける」ツールも盛んですし、物販やイベントなどで選手との距離も近くなっているので、公表するデメリットは多々ありますが、それを差し引いても人間性が見える、もしくは裏にある人間性を感じられるのは、ファンにとっては想像力を刺激する適度なスパイスになります。

愛情よりも重要なもの
人間ですから「この団体やプロレスを愛しています。でも、自分はこの相手のことを何より一番愛しています」なんて言ったら、好感度や人間味がうんと増して世間からの評価も上がるでしょう。「愛妻家キャラ」「おしどり夫婦タッグ」が存在してもおかしくありません。
ですが、それが出てこない、結婚や恋愛を公表しても誰もがリング上にそれを落とし込まないのは、プロレスという競技が「愛情」よりも「リスペクト」や「信頼」を大事にしているからだと思います。
選手同士、選手と団体、選手とファン、団体間、自然に築かれていったつながりや絆がプロレスを成立させているので、極端に言ってしまえば、恋愛から発生する人間的な魅力はなくても大丈夫なのです。悪人であっても、嫌悪感しかなくても、無感情でも、それをまったく見せない、またはそれをリング上でもさらけ出す、でも「この選手のプロレスが面白い!」と思わせればいいんですから。
ただ、人間的な内面の魅力もファン獲得やジャンル繁栄に大きく影響するので、炎上系より幸福系の方が何かと都合が良いと思います。現代は、イメージがめちゃくちゃ大事ですからね。

愛は作り物ではない感情だ
最近の公表ブームを受けて、きっとこの先も選手同士の結婚発表や人気選手の結婚報告が相次ぐかもしれません。周りの勢いに乗っかるアンテナの感度能力もプロレスラーにとっては大事なスキルです。
ファンはやきもきするかもしれませんが、公表することでリングでの輝きが失せるような選手はいないと思います。むしろファンにとっても励みや応援の要素のひとつになるはずです。
「愛情というプライベートな部分はリングで見せるキャラクターとは別物」ということはしっかり把握して今のファンはプロレスを楽しんでいるので、選手の皆さんもしっかり愛を育んでほしいですね。
人として、男女の愛情は、作り物ではない感情や表現、ですから。
今回のまとめ。
プロレスは愛に頼らない
プロレスはAIで作り出せない

プロレスって究極の愛情かも
“好き”と“愛してる”の違いは「信頼関係がどれだけ強固か」の違いだと思っています。
相手といると楽しい、嬉しい、だけでなく、相手にすべてを委ねられるかどうか。が愛です。
と考えると、プロレスというものは「究極の愛情」、なのかもしれませんね。信頼がないと戦いが成立しませんから。
相手が受け入れるかはさておき、人間としての泥臭さをぜんぶ見せられる人こそが、愛情面もプロレスラーとしても超一流なのではないでしょうか。
では、またここで。

