ゴシップでプロレスの味が深まるか、の話

コラム

現代はネットやSNSの時代。その前は雑誌やタブロイド紙の時代。それもなかった昔は人づてに耳にする噂話の時代。時代がいくら変わっても何らかの方法で「ゴシップ」は伝わってきます。
「ゴシップ」の意味は「有名人などを対象に実際以上に悪い印象を抱かせるための扇動的な噂話」というものです。
ちなみに、似たような言葉に「スキャンダル」というのがありますが、これは「隠していたが発覚してしまった私生活の不祥事」という意味で、実は「噂」と「事実」で大きな違いがあるんですね。
さて。一見無縁そうなプロレス界にもなぜか昔から「ゴシップ」というものがあらゆる案件でついて回りっているのです。
芸能のジャンルではないし、社会的地位を利用することもないのに、なぜかまとわりつくゴシップ。今回は「プロレスとゴシップの関係性」についてのお話です。

ここまではノーゴシップ

プロレス界では「選手の退団や移籍」「団体分裂の確執」「ストーリーの裏側」などの詮索がネットの大型掲示板や多数の書籍などで目に入ります。
これはゴシップなのでしょうか。個人的にはリング上で見えることの噂話はゴシップの範疇ではなくて、ある種の想像力なのかと思います。それもプロレスを楽しむうえでのひとつのファクターなのでしょう。リング内に関わることですし、そこを楽しむ、もしくはそれでしか楽しめないファン層もいるのは確かですし。
ただし、重要な部分ではないです。知らなくたって充分楽しめるのが正しいプロレスです。

ここからはゴシップ

今回のゴシップというのは、リングと離れた場所での話。雑に言うと、どーでもいいわ、そんな噂!ってもので。
そんな側面まで記事になってしまうのは、おそらくSNSの利用方法が単なる情報公開の場になってしまったここ10年くらいのことでしょう。
最近だと…と具体例を出すのは、ホントどーでもいいわ!な件ばかりなので明記しません。
私はプロレスのことを隅から隅まで知っておきたいタイプの人間なので、そういう記事が目に入ったらチェックしますが、下世話で偏向的な内容だけの記事などはプロレスを楽しむためのファクターとしては不必要、すぐに切り捨てています。

ゴシップに触れない違和感

結論から言ってしまうと、ここまでの言い回しを見てお分かりの通り、プロレスにリング外のゴシップは必要ありません
プロレスの楽しみ方はそういうものじゃないです。
かといって、噂が大きく広まり、あえて情報を拾いに行かないファン層にまで伝わってくるゴシップもあります。その際に、当事者である選手や所属団体、一般のマスコミまでがあえて触れないようにするのも気持ちがすっきりしないですよね。
堅苦しい告知でなく、バックステージコメントやインタビューなどで軽く触れるだけでも「あ、本人はその噂知ってるし、それに影響はされていないのか」という安心感が生まれます。それがあるだけで、試合を見るときの先入観もなくなり純粋にプロレスを楽しむことができるので、その情報察知アンテナの感度がちょうどいい選手が(昔だと猪木さん、今は内藤選手が代表的ですが)増えることに期待してます。

誰のためへ向けたプロレスか

このプロレス界について回るゴシップでの心配なところ。それは、その情報を鵜吞みにしてしまう人もいる、ということです。
プロレスに限ったことではないのですが、誰もが不特定多数の人たちに向けて自由な発言ができてしまう現代は特に、真偽の見定めであり、情報の自己浄化が大事です。善悪ではなく、主要人物への誹謗中傷なんて、ただの無差別攻撃ですから。
そして、もっと問題なのが、ゴシップの存在を知らないと楽しめない内容の試合をしてしまうこと。極わずかですがゼロではありません。それは誰に向けて誰が得して誰が楽しめるプロレス?それを面白いと思っている時点で、その選手の力量がわかります。そんな試合を見たときは、団体問わず「その程度か…」と残念な気分にもなります。

倫理観で地位が上がる

見る側と見せる側がある以上、どんなジャンルにもゴシップというのはついて回ります。エンタメとゴシップの関係性が消えることはないでしょう。
ただ、その情報が本当なのか虚偽なのか。あくまで噂話のひとつとして飲み込んでそれをどう処理していくか。そこはファンそれぞれの「倫理観」なのです。倫理観がバラバラでも、それぞれのモラルがあるとないで、プロレスというジャンルの地位は大きく変わるでしょう。

今回のまとめ。

ゴシップとかけまして
魚類と解きます
そのこころは「尾ひれがないと動けません」

ゴシップ記事かどうかの線引きですが、もし自分が読んでいる記事の中に「X氏」という表現の人物表記が出てきたら、その時点で「ああ、そっち側の記事、ね」と切り替えるようにすると良いですよ。

では、またここで。

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