引退しなきゃ復帰はできぬ、の話

コラム

気候もすっかり春めくこの時期、おそらく大学の卒業式なのでしょう、袴姿の女性を多く見かけます。3月末はあらゆる学校で卒業シーズンですからね。
学生だけでなく、社会人も3月末は節目の時期で、年度の切り替えもあって退職する人や定年を迎える人も多い時期です。人生で何度かある新しい出発のための門出。幸多かれ。
プロレスラーにとってはやはり「引退」というものが一番大きな門出になるのですが、引退と復帰は表裏一体のジャンルです。「プロレスラーにとって引退とは復帰への足掛かり」「引退しても復帰できるからいいよね」と揶揄されるのが現状です。
プロレスにおいて現役引退と現役復帰はセットなのか。なぜ引退した選手が復帰しやすいのか。今回は「プロレスラーにとっての引退と復帰」についてのお話です。

引退した選手が復帰する理由

以前書いた「プロレスラーの選手寿命、の話」 にも通じるのですが、この回では特に引退後の現役復帰には触れていませんでした。ですが、他の競技に比べるとプロレスラーの選手寿命が長いのは「復帰する人がいるから」という部分が大きいのも事実です。
では、引退した選手が復帰をするのはなぜなのか。いくつかの考えられる理由を挙げてみます。

中毒性

360度囲まれた観客席から届く大声援。リングの中だけでしか出てこないアドレナリン。プロレスラーでしか得られない中毒性のある高揚感は「もう一度」と思わせる魔力があるのでしょう。現在の流行語でいうところの「プロレスハイ」です。

ビジネス

プロレスは興行であり、プロレスラーは個人事業主。団体は看板選手や話題が欲しいですし、元選手も現役時代のような稼ぎが欲しい。そんな背に腹は代えられない事情が合致すれば、期間限定や単発であっても復帰というルートが現実的になります。

ストーリー

もしも数年先を見据えての復活ありきの引退であれば、その流れもすべてプロレスにおけるスパイスのひとつ。それを受けてファンや世間がどう感じるかはそれぞれですが、時には仕掛けることも大事なのがプロレスです。

ライセンス

プロレスラーという職業はプロ選手契約の必要も、資格やライセンスも必要ありません。つまり、いつデビューしても、いつ引退しても、いつ復帰しても、問題ないのです。明確な基準がないことが生んだ柔軟性です。

引退と復帰はプロレス愛のテスト

個人的な意見としては、プロレスラーの引退からの復帰はどんなケースでもそれはもう仕方のないことだと思います。それも、プロレスの一部であり、その選手のプロレスを通じての自己表現の手段だと感じるので。
ただし、本当は引退なんてしたくないのに怪我の症状や家庭などの事情によって引退という道を選ばざるを得なかった選手に対して、ファンが「ま、プロレスなんだから大丈夫になったら戻ってこられるし」と簡単に言うのは間違ってます。その決断をするまでのことを考えれば。
では、そのやむを得ず引退する選手と定期的に引退する選手をどう見分けたら、どう見極めるか。ファンにとって難しい線引きかもしれませんが、それもプロレスを見続けていれば、プロレスへ愛情が膨らんでいけば、次第に身に付いてきます。そして、その線引きはおそらく正解です。
引退と復帰の流れは、ある意味、選手側が観客側にプロレスを試しているのです。
それを良しとするも否定するも、歓迎するも騙されたと感じるも、見る側をも巻き込んだプロレスだと捉えられるなら、派手な引退試合も、派手な現役復帰戦も、全力で引退を名残惜しんだり復帰を楽しめたりできると思います。

戦うことを諦めなければプロレスラー

プロレスラーにとってリングを降りることは、自分のアイデンティティを捨てること。簡単に言えば、戦うことを諦めた、もしくは諦めないといけなくなった、ということに等しいのかもしれません。
たとえ「引退」という言葉が形骸化していても、プロレスという場所で戦う気力とそのリングがあれば、「復帰」という名前でここへ戻ってくることも理解できますし、理屈すら必要ないのかもしれません。

今回のまとめ。

引退という判断も
復帰という決意も
その選手によるプロレスラーとしての自己表現
どう受け止めどう感じるかはファンの思考表現

強さと楽しさと人間性とチーム愛の象徴

その団体の強さと楽しさの両面を兼ね備えた選手が首の負傷により突然の引退。来月の後楽園ホール大会でセレモニー開催。というニュースが先日発表されました。
このケースは全力で門出を送り出したい、本音を言えばとても寂しい、そんな引退です。
ただ、もしも負傷箇所が回復しプロレスができるようになった場合に現役復帰を望んだら、そのときは全力で迎え入れたいと思います。
近年のDDTはあなたでした。おつかれさまでした。

では、またここで。

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