プロレス界にとって今世紀最大イベントになった新日本プロレス 1.4 東京ドーム大会。あの印象深い棚橋弘至引退試合から10日が経ちました。
この10日間、正直まだ感慨深さが生まれる余裕もなく、事前にそうなるだろうと察してはいましたが、やっぱり喪失感でいっぱいなのです。いわゆる「棚橋ロス(タナロス)」です。
タナロス、いつまで続くのか。どうすれば解消されるのか。今回はこの「タナロス」についてのお話です。

ないはずのエピローグが
プロレスはドラマのようにすべてがゴールに向かう最終回も、年間リーグ戦のようなシーズンの括りもありません。終わりのない展開が押し寄せ、区切りも節目もなく先をずっと追いかられるのです。
そんなプロレスにおいて今回の棚橋引退のように大きく「エピローグ」を連想させるテーマの試合や大会があるのはかなり珍しいこと。そんな稀なケースがあったばかりなのが現状です。
でも、当たり前ですがプロレスは終わっていません。
現に東京ドーム大会では「新章のプロローグ」らしき次なる展開が見える試合や出来事がいくつも見られました。新日本プロレスから「これからもプロレスは続いていく」という提示をしてくれて安心もできました。
が、それはそれ、なんですよね、棚橋引退という出来事は。
それが故の致し方なし「タナロス」です。

タナロスから生まれる不安
タナロスによって何が起こるかと想像すると、新世代のさらなる台頭や主流になるファイトスタイルの変化などが挙げられますが、ネガティブな思考もかなり多いです。
棚橋さん以上のキャリアの選手が続々引退してしまうのでは…。
主役を狙う選手が溢れることで選手の退団が増えるのでは…。
ひと区切りと判断して観客動員が減少してしまうのでは…。
世間一般も巻き込めるほどの熱が次に生まれるのはいつになるだろうか…。
など、仕方ない時期ではありますが不安要素はわんさか出てきます。
こういう不安なときに「この選手に託せば大丈夫!」という明確な支柱的存在はいずれ出てくるでしょう。ですが、主軸が複数連ねる現時点では一番大きな柱が不確定なのもあって、その不安は浮遊したままです。この浮遊するものがタナロスというものですね。
今に集中したい。終わったものに固執するのは好きじゃない。気持ちも切り替えて向き合いたい。そんな自分でいたいけど、新日本プロレスはドーム後は2週間興行がお休みになるので、時が止まったままなんですよね。なかなかどうして、タナロスは消えず。
さらに、棚橋さんは社長です。ただの引退とはまたケースが異なります。
リングの中のエースではなくなっても、社長業に専念するための引退ですからむしろ会社の象徴として存在感が増してきます。記者会見でも姿を見せたり広報としてのメディア露出も多いでしょう。どうしたって棚橋さんと切り離せません。固執しない、切り替えよう、は簡単なことじゃありません。

神を見て洗練された愛
2000年代の前半の新日本のリング。そこでは、大会で何が起きてもメインで誰が活躍しても「アントニオ猪木」という存在を観客も選手も意識してしまう状況がありました。望まぬ強権発動も含め「こういうとき、猪木さんだったらどうするか」で考えてしまう時期が続きました。
そして、現在の新日本=棚橋弘至というイメージを確固たるものにしたのは棚橋さんの功績です。それこそ猪木さんのように、その場にいなくても存在を意識してしまうほどです。
そして、今の棚橋さんは猪木さんと同じ位置にいる、ということを理解されていると思います。
あのときの猪木さんのやり方をすぐ近くで見ていた棚橋さんだからこそ、自身が退いたあとの振る舞いには一層の心遣いをすると思います。
プロレスは繰り返しの物語じゃありません。似た状況がやってきても良い部分と省く部分を見極めてどんどんブラッシュアップしていきます。だからプロレスは面白いし、プロレスは終わらないんです。

タナロスは飛んでいく
なるほど。切り替えなくていいんだ。無理に消そうとするのが間違いなんだ。
引退しました、選手としてリングに上がりません、でも物語は続いていきます。であれば、そのまま追いかけ続ければいいんだ。
棚橋弘至はまだ新日本でありプロレス界に存在しているわけで、これもプロレスの、新日本の、そして棚橋弘至の物語の通過点のひとつなんだ。棚橋さんの存在ありきでプロレスを見ていいんだ。
そうするうちに「消す」じゃなくて「上回る」がやってくる。
こうして浮遊していたタナロスはむしろ目的をもって飛び始めたのでした。
今回のまとめ。
これまでに得た視点や思考のスキルを
これからのプロレス脳に活かせば
区切りなんてさらに消えていく

今現在リングの中心にいるのは、直接でも間接的でも棚橋さんに触れてきた選手たち。
いつか数十年後に「棚橋さん?名前はもちろん知ってますけど試合は見たことないです」という棚橋を知らない世代が中心になった頃、それが本当のタナロスの始まり、なんでしょうね。
では、またここで。

