プロレスジャンキーのとある日曜日、の話

コラム

その日はずっと気怠そうな曇天。雨が降りそうで降らない、掴みどころのない日曜日だった。ただ、それを知ったのは夜のことで、日中外出をしなかった私は天候に無関心。しかも今はまだ早朝とあって太陽も起き抜けで薄暗い。
こんな時間にずぼらな私がアラームもなしで起きられたのには理由がある。
起床後まず顔を洗い意識を戻す。テレビとパソコンをつけてネット配信アカウントへアクセスする。時刻はもうすぐ午前6時、現地時間では午後5時らしい。間もなく、アメリカの最大手団体のビッグマッチが始まるのだ。
プロレスのために自然に目が覚めるのは、ジャンキーにとって至極当然な心得である。

本日の配信視聴スケジュールは鉄道ミステリー小説の時刻表トリックの難解さにまったく及ばないくらい簡単。
まず、このあと6時からアメリカでのビッグマッチの生配信を観る。終了はおそらく11時頃であろうか。
そのあと11時30分から後楽園ホールで行われる国内団体の生配信を観る。これが14時30分頃まで。
ゆっくりする暇はなく15時に試合開始の女子団体の生配信を観る。
メインの試合終了後すぐスライドして18時30分から始まる団体の生配信を観る。
これが終わると時刻は21時を回る頃だろう。そのあとに各団体と各選手のSNS、及び公式YouTubeチャンネルなどでのバックステージコメントやレポートなどを確認。
すべてチェックし終えるのは、日付が変わって明日が今日になっている頃だろう。
息つく暇はあるが外出して買い物なんてする暇はない。息だけして観なければ。だから天候なんてどうだっていい。
これが私、国内外問わず可能な限り多くの団体を追っかける全方位型プロレスファン、プロレスに浸かった者、すなわちプロレスジャンキーの日曜日だ。
朝の6時から18時間、配信と情報収集で日が暮れる。忙しくて何もしてない?大好きなプロレスを観ているじゃないか。この翻弄さ、充実以外の何物でもない。

世界がコロナ禍に見舞われた頃の観戦スタイルの変化から急速に、ネットでの大会生配信が増加傾向にある。多くの団体が独自の配信サービスを構え、有料無料はあれど我々にプロレスを提供してくれている。ありがとう、プロレス団体。
現代はどこかでやっている大会が自宅にいながらリアルタイムで観られる時代。ありがとう、インターネット。
そんな時代に生きていることを自分で自分に感謝する。ありがとう、私。
そして、生きることは一度きり。せっかく生きるなら今を生きよう。そこに山があったら今すぐ登るし、海があったら今すぐ泳ぐ。プロレスが生配信されているなら今すぐ観る。それ以外の選択肢は考えられない。そして、大きな興行が重なる日程調整を各プロレス団体は考えてはくれない。
だから隙間がない。それこそ、今だ。
いよいよ、プロレス生配信視聴マラソンのスタートが切られる。急に試合が終わったり必殺技が繰り出されても大丈夫なように目を離さずしっかり見入る。
おなかがすいたら、昨晩買っておいたパンをかじればいい。のどが乾いたら、昨晩あらかじめ買っておいたジュースのふたを開ければいい。準備万端は礼儀。
トイレ休憩は大会と大会の合間。それ以外の時間は世の中からトイレという概念がなくなったものとして排泄の意識を遠ざける。
リアルタイムで情報を得るためにスマホは時折見なければならない。ただし、この日はプロレスプロパガンダ。プロレス以外のニュースは遮断される。
好きなものに費やす時間というのはそれほど偏向的になるべき時間でもある。何もかも忘れる、没入こそが至福なのだ。

観戦中に私の口から出てくる語彙力は小学2年生の頃のよう。わあ!おお!すご!えっ!ぐが!という感嘆詞だけで構成される。決して空腹や睡眠不足のせいではない。面白いものに具体的な表現なんて必要ないのだから。
そうして試合が、大会が、ひとつずつ過ぎていく。時間や天候が過ぎていくのは無関心なまま。

ひとつの団体の大会が終わり、次の団体の大会が始まる。これを幾度繰り返すと休日が終わる。
朝の気怠そうな曇天のことなど、小学2年生の頃と同じくらい遠い記憶になっている。
SNSや動画での情報を確認したあと、夜中に外へ出る。コンビニへと向かう。さすがに空腹だ。
買い物を終えると、握れるほど大粒の雨が降っていた。掴みどころのある月曜日になっていた。さあ、来週の配信予定を確認しよう。

では、またここで。

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